
太平洋戦争で真珠湾攻撃を命じる暗号を送信したとされる長崎県佐世保市の国指定重要文化財「旧佐世保無線電信所」(針尾送信所)の無線塔が、大正期の完成から100年を経ても丈夫なのはなぜか――。軍事施設で資料も乏しい中、調査を進めていた同県建設技術研究センターの男性が、コンクリートに火山灰を混ぜて強化していたことなどを明らかにした。専門家は今後の保存維持につながる研究成果として注目している。(小松一郎)
男性は、同センターの元技術支援幹・小川健さん。昨年10月に研究成果の論文を長崎大に提出した後、今年2月に74歳で亡くなった。
市教育委員会によると、旧日本海軍は日露戦争で電波通信の重要性を認識し、針尾送信所を1922年に建設した。真珠湾攻撃を命じる暗号「ニイタカヤマノボレ一二〇八」のほか、ミッドウェー海戦、九州沖での戦艦大和の沈没などで通信に関わったとみられる。
大手建設会社の勤務経験もある小川さんは、国内での歴史的土木構造物への関心の高まりを受け、無線塔の保存活動にも貢献できればと調査。文献では、コンクリートの配合がセメント1、火山灰0・2、砂2などの比率であることを確認した。火山灰は佐賀県の唐津産を使った可能性が高く、配合は「海で囲まれ、常時塩分を含んだ潮風が吹く環境に配慮した」と推測した。
また、施工時の写真数枚を基に工法を詳細に分析し、コンクリートから余分な水分や空気を取り除く工程では、手作業で押しつぶす「
論文では、無線塔とほぼ同時期の1916年に建てられた長崎市・端島(軍艦島)の鉄筋コンクリート住宅が激しく劣化している点にも触れ、無線塔の優れた建設技術を紹介している。研究成果は長崎大の博士論文の審査を通過し、2月15日に工学研究科教授会で「合格」と承認されたが、小川さんはその3日前に病気のため亡くなった。
「ニイタカヤマノボレ」の送信所無線塔、100年経ても丈夫な ... - 読売新聞オンライン
Read More
No comments:
Post a Comment